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ESSAY

料理下手な男、レボルーションを起こす。

「料理下手な男」エッセイは、予定通りこの第5回で最終回であるが、予定外のレボルーションが起こっている。
「料理下手な男」に。

「料理下手な男」は、最終回にして初めて率直に言うと、「料理嫌いな男」である。
「料理下手」と言うと、「やりたい」「やってみるけど上手くいかない」と意味する可能性が残る。
でもぼくは、「やりたくない」「やってみない」「たまにやらざるを得ない日がつらい」という、「料理嫌い」が正しい。

食べることは大好きだけど、手先は不器用で段取りもわるい。
家には料理上手な妻がありがたくもいてくれ、不在の日なら何か買ってしのぐこともできる。
わざわざ、こんな低技術・低モチベーションのぼくが料理を作る必要性を感じられず、とにかく自分で料理をすることが嫌いだった。

レボルーションが起こるまでは。

最終回、そのレボルーション内容について紹介する前に、「なんで『レボルーション』なのか」「『レボリューション』ではないのか」「AKIPINはもしや『レボルーション』だと思って生きてきたのか」という疑問に答えておこう。

まずぼくは、「レボリューション」だと思って生きてきた。
「レボルーション」だと思って生きてはこなかった。
その上で「レボルーション」と書いているのは、「レボルーション」と発してみたら気に入ったからだ。

薄すぎるそんな説明はともかく、ぼくに何が起こっているというのか。
それは、(料理するの、嫌いじゃないかも・・・)と思い、とある食べものを作ることを楽しんでいることである。
レボルーション!

それも、作る種類は1つだけではない。
先日からその種類は倍増し、レパートリーは200パーセントアップし、2つである。
レボルーション!

その2つについて、作るようになったきっかけから、今の状況について、順にご紹介したい。
というか、ちょっと聴いてくださるとうれしいです。


・1レボルーション目「グラノーラ」
以前のエッセイでぼくは、昨年春からのひどい便秘と体重増対策の一つとして、寒天ゼリーを作り始めたことを書いた。

その寒天ゼリーに甘さと食感と栄養を足すために「日清シスコ ごろっとグラノーラ」をかけて食べて喜んでいたのだけど、ある日妻が、とある人気有名カフェが最近力を入れ出した手作りグラノーラを買ってきた。
まあまあ値の張るそのグラノーラをぼくの寒天ゼリーにかけて食べてみたら、めっちゃおいしかった。
日々食べてたグラノーラとは全然別物の「本物」だった。

数日かけてそれを1袋食べきった後、妻がその味を参考にグラノーラを作ってくれ、寒天ゼリーにかけてみたらめっちゃおいしかった。
さっすが妻!これからは妻のグラノーラを寒天ゼリーにかけて食べていこう♪
喜んでいると、妻から想定外の言葉が飛んできたのである。
「グラノーラ、教えてあげるし自分で作ってみる?」

身体と心が一瞬で硬直した。
(作りたくない)と思った。
妻は、「めっちゃ簡単やで?」と笑っている。
ぼくを困らせるつもりなどない、親切心以外の何ものでもないということもわかっている。
でもぼくは、(簡単なんやったらなおさら、妻がぱぱぱっと作ってくれよー!)と思った。

でも、それと同時に、この「料理下手な男」エッセイのことを思った。

最終回のタイトルは<料理下手な男、料理をする。>に決めていた。
なんらか無理やりにでも料理をすれば、それがうまくいこうと失敗しようと、それっぽい内容にはなるだろう。

・・・いやいや待て待て。
このエッセイの連載開始時に、ぼくは、少しでも料理をできるようになることを願っていたのではなかったか。
その思いは嘘だったのか?
嘘を書いていたのか?
そんなやっつけでいいのか?

妻が教えてくれると言ってくれているのに、トライすることから逃れていていいのか。
ぼくは、「・・・やってみるわ」と答えていた。

不安げに迎えた休日の昼。
手取り足取り教えてもらい、自分で作ったようでほとんど妻が作ったようなグラノーラは、めっちゃあっさりできあがって、めっちゃおいしかった。

次の休日の朝。
妻に何も手伝ってもらわずに初めて自分で作ったグラノーラも、めっちゃおいしかった。
オートミールと小麦粉と砂糖とオリーブオイルとナッツを計ってボウルで混ぜ、鉄板に乗せ、オーブンに入れて時間通り焼くだけでめっちゃ簡単やけど、自分自身で作ってる、という感じがした。

香ばしい匂いに包まれ、「作れた・・・」と天井を見上げる。
改装したキッチンのダウンライトがぼくを見守っていた。

それからは、自ら進んでオートミール200グラムベースのグラノーラを作り、食べきればすぐ新たに作る、という習慣が始まった。
焼いている間は、食器を洗ったり、別の用事をしたり、時間を有効に使って待つ。
ほどなくしてオーブン香ばしい匂いが漏れ始め、焼き上がりを予告してくる。
鉄板ごと取り出したグラノーラは、力強い熱気とともに、「ピチピチピチ・・」という謎のかわいらしい音を発し続けている。
「ピチピチゆっとるな・・・」ぼくはつぶやく。
妻がおもしろそうにぼくを見ている。

「こんなピチピチ言うて・・・・・・かわいいやつめ!」ぼくは笑う。
妻がきもちわるそうにぼくを見ている。

ぱぱっとグラノーラを作って毎日食べるのが習慣になり、調子に乗ったぼくは、
「こんなぼくでも簡単に作れるんやから、プロなら超片手間やろな。ていうかバイトに作らせてるかな。グラノーラをあの値段で売ってたあのカフェ、ははーん、相当儲けとるな?」
と暴論を言って笑った。


・2レボルーション目「豚汁」
ある日からぼくは、夕食で妻が作ってくれておいしかった料理のことが気になり始めた。
(肉の食べごたえはあり、野菜が豊富に摂れ、大豆はお通じにいいと聞く。自分で作って、毎朝のパンと置き換えたら健康的だし、職場に弁当として持っていけば健康的かつ経済的だ。いいことしかないんじゃないか・・・!)

豚汁である。
「ぶたじる」と呼ぶ人と「とんじる」と呼ぶ人があるが、ぼくは「ぶたじる」と呼ぶ。
ぼくは、(豚汁を作れるようになれたらなあ)と思った。
レボルーション!

料理に対してそんな思いが湧き出たのは生まれて初めてだった。
歩いてるときも、バスに乗ってるときも、風呂に入っているときも、豚汁がぼわ〜んと浮かんでくる。
ぼくは、仕事からの帰り道にのぞいた本屋で、生まれて初めて「料理」のコーナーを目指した。
レボルーション!
たどり着いた料理コーナーで、<有賀薫の 豚汁レボリューション>という本を見つけた。
レボリューション!
レボルーション!

迷わずその本を買って読むと、野菜は一品から、出汁もとらなくても、十分美味しい豚汁が作れるという。
豚肉の「バラ」と「切り落とし」の区別を考えたこともなかったぼくは、スーパーに行き、パッケージの商品シールを熟読しながら「豚バラ」を選んだ。
そして家にあった大根と白菜の切り方とかを妻に教えてもらい、本のとおりに作ってみた。

めっちゃおいしかった。
こんなぼくが、こんな簡単においしいものを作れるのか?
買った豚バラがちょっと上等だったからおいしかっただけなのではないか?

疑心暗鬼のぼくは次の日、少し安売りの「豚の切り落とし」を買って、家にあったサツマイモとネギで作ってみた。
めっちゃおいしかった。
どうやら肉の脂身や質を多少落としても、そう簡単においしくなくはならないようだった。

次の日、妻の助言で味噌の代わりにブイヨン、切り落としの代わりにウインナー、いつもより大きく切った野菜で、「ポトフ」ができあがった。
めっちゃおいしかった。
こんな自分からあっけなく「ポトフ」が生まれたことに笑った。

レボルーション。
料理ってもしかして、ぼくが思っていたほど、ハードルの高いものではないのではないか?
ぼくはおびえすぎていたのか?

肉や野菜は火を通せば食べられ、味噌やブイヨンを溶かせば確かな味がつく。
どうやらそれで十分。
どうやらそれで十分食事になる。
大昔の人々が発見した食のレボルーションを、ぼくは身をもって実感した。

そして今。
寒天ゼリーとグラノーラと豚汁を日々作り、自分の朝食と昼食にしている。

寒天ゼリーには、当初入れてたコーヒーも砂糖も入れないようになった。
粉末の寒天だけを熱湯で溶かして冷まして固めるだけで十分だとわかった。

グラノーラはさらに身体やさしく追究中。
甘いドライフルーツを入れてたのをやめ、小麦粉を「おからパウダー」に換え、砂糖を「てんさい糖」に換えてみた。
たぶんだいぶヘルシーだと思う。
寒天ゼリーにかけたらぼくの大好きな「わらび餅」みたいな優しい風味で、大好きだ。

豚汁は容量多めの「豚の切り落とし」を買って、最初に小分けにして冷凍保存しておく。
仕事から帰って夕食を食べ終えたあと、夜22時くらいから取り掛かることが多い。
冷蔵庫から野菜を2、3種類取り出し、ざっと洗ってざっと切り、最近買った「マイ鍋」に順次放り込む。
以前は、野菜なんてどう切ればいいかわからなくて「怖い」とさえ思っていたけど、そんなことはもうあまり気にせず適当で、ときどき妻にコツを訊く。

妻に教えてもらったとおり、大根は一番最初に切って水から鍋に入れる。
サツマイモは案外火が通りやすく、煮崩れしないよう途中から鍋に。
その前に水に浸しておくといい。
白菜は外側の葉の根元は土がついていることがあるからよく洗って、鍋に入れるのは最後の最後で。

・・・とか。
おもしろいなと思う。

野菜を、近所の無人販売所に買いに行くようになった。
そのへんで採れて土さえ付いたままの野菜の美しさ。

自分の野菜を自分で買って帰る自分がうれしくて、
<今から野菜もってぼくがゴキゲンに帰ってくるとこ、写真撮ってー>
と妻にLINEをして、カメラを持って家の前で待ち構えてもらい、撮ってもらった。
(写真には近所の家々が写り込んでて、ゴキゲンな姿を紹介しきれないのが残念)

夜寝る直前に寒天ゼリーとグラノーラと豚汁を同時並行で作ってしまう日もある。
妻が「疲れてるのによくやるなぁ」と驚いている。
でもぼくは、自分が食べたいから作る。
さらに、「疲れてるからやる」という感覚もある。
料理下手なので片手間じゃなく、しっかり集中しなければ作れないのだけど、その集中が一日の雑念をクリアにしてくれて「疲れがとれる」という感じさえする。

でもそんなこと言えるのは、家族の食事を担っているわけでもなく、好き勝手に自分のために作ればいい状況だからだろう。
家族ぶんの食事を毎日作っている人々のこと、そして妻のことを思う。

スマホを持って10年。
SNSに使っていた夜の時間が、食べものを作る時間に置き換わっている。
ニュースサイトのコメント欄をなんとなく見ていた朝の時間が、自分で意図した「大根の歯ごたえ」を確かめる時間に置き換わっている。
こんなことがあるんやな・・・と思う。
昨年くらいからぼくは、「今みたいにスマホばかり触って生きていると自分の感性がダメになる」と強く危惧しているけど、この新しい興味と習慣で、自分を救えるかもしれない。

つい先日の休日の昼。

妻:昼ごはん、昨日作ってた豚汁食べるんやんな?
夫:うん
妻:ちょっと、もらっていい?
夫:えっ
妻:・・・
夫:・・・ええで〜〜もちろん!

妻:いただきます
夫:いただきます
妻:めっちゃおいしい!
夫:おいしいなあ!

料理、楽しいかも。
ほんまに、とてつもなく、レボルーションだ。

さいごに。
全5回にわたり、この連載の機会をくれた幼なじみの「ブラトラ」オーナーと、お読みくださった皆様。
ありがとうございました。

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