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古から伝え続けられる奄美の伝統行事

新しい節目となる大切な時期

まだまだ厳しい残暑の残る9〜10月。かつて奄美大島では米を二期作で作っており、旧暦の8月にあたるこの時期は一期目の米の収穫が終わり二期目に入る前、新しい節目となる時期であるため「アラセツ(新節)」と呼ばれ年末年始と同じような意味合いを持つとても大切な時期でした。

そのため奄美大島ではこの時期に八月踊りや先祖祭り、五穀豊穣を祈願する豊年祭など、島の各集落で多くの伝統行事が行われます。その中でも国の重要無形民俗文化財となっている3つの伝統行事を紹介したいと思います。

朝と夕に行われる「ショチョガマ」・「平瀬マンカイ」

奄美大島の北部に位置する龍郷町秋名・幾里(あきな・いくさと)集落は奄美最大の水田地帯として稲作が盛んな地域でした。数は減りましたが現在でも稲作が行われています。

この集落で行われるアラセツ行事「ショチョガマ」と「平瀬マンカイ」は旧暦8月の最初の丙(ひのえ)の日(今年は9月15日)に行われます。「ショチョガマ」は明け方の満潮の時間、「平瀬マンカイ」は夕方の満潮の時間に合わせて行われる行事です。

〜迫力満点!豊作を祝う伝統行事「ショチョガマ」〜

ショチョガマという行事は稲魂(ニャダマ)と呼ばれる農耕の神様を海の彼方から招き、その年の豊作に感謝するのと同時に来年の豊作への祈願をする祭祀です。

水田地帯が広がる集落を見下ろせる小高い丘に、アラセツ行事の1週間ほど前から藁葺きの片屋根の小屋を建て、準備が始まります。この片屋根の小屋のことを「ショチョガマ」といい、この屋根の上には男性しか乗ることができません。

夜明け前、空がまだ暗いうちから集落の男性たちがショチョガマの上に乗りチヂン太鼓を打ち鳴らし、祝い唄を歌いながら陽が昇るのを待ちます。ショチョガマの左右にある祭壇にお供物をし、グジ役(男の神役)が祝詞を唱え豊作祈願をすると豊年唄を歌います。歌い終えると70〜80人の男衆や子供たちが「ヨラー!メラー!」とかけ声をかけながら屋根を左右に揺らし、これを何度も繰り返しながらショチョガマを倒します。南側に倒れると豊作になると言われています。

せっかく建てたショチョガマを倒すのはもったいない…と思うかもしれませんが、稲穂が実りの重さに耐えられずに畦(あぜ)を枕にした様子を「ショチョガマを倒す」ということで表現したのだと言われています。そして招いた稲魂をしっかりと小屋に閉じ込めるために屋根を倒すのだそうです。

男性たちがショチョガマを揺らす時の大きな掛け声、屋根がギシギシと軋む音、チヂン太鼓のリズムが、この”シマ(集落)”に生きる人たちの情熱として見ている人にビシビシと伝わってきます。ショチョガマが倒れる時には大きな歓声があがり、とても迫力満点な行事です。

〜神秘的で美しい「平瀬マンカイ」〜

夕方に行われる「平瀬マンカイ」はショチョガマとは対照的に、女性が主になって行う行事なので迫力のあるショチョガマとは雰囲気が全然違います。どちらも豊作祈願を行う祭祀ですが、平瀬マンカイは浜辺で行われネリヤカナヤ(海の彼方の楽園)の神々を招き祈ります。平瀬とは「岩」のことであり、マンカイとは「招き合う」という意味を表すそうです。

神平瀬、女童(メラべ)平瀬と呼ばれる二つの向かいあった岩の上に、白い着物を着たノロ役(ノロとは琉球の信仰における女性の祭司。神人(カミンチュ)とも呼ばれる)女性5人と男女7人が登ります。女童平瀬の女性はチヂン太鼓を打ち鳴らし、向かい合う神平瀬のノロ役と唄の掛け合いが行われます。ネリヤカナヤから稲魂を招くよう、唄に合わせゆっくりと手招きするような踊りをします。奄美でよく耳にする軽快なリズムの島唄とは違い、ゆったりとした独特な音色の唄で辺り一体がとても神秘的な雰囲気に包まれ、本当に神様が招かれて近くに来ているような感覚になります。

唄い終わるとノロ役の女性たちが海に向かって膝をつき、手を合わせ拝みながら豊作祈願をします。波の音と島唄が響く中、海の彼方へ祈りを捧げる姿を見ると遥か昔から島の人たちが自然を敬いながら生きてきたことを改めて実感し胸を打たれます。

豊作祈願が終わると岩に登っていた人たちはみんな浜へ下り「スス玉のように稲が実をつけるように…」と豊作祈願をする内容の「スス玉踊り」を輪になって踊ります。これが終わると、観覧していた集落の人たちとノロ役の女性たちも一緒に浜辺で重箱のお弁当を食べたり、お酒を飲んだりと楽しい宴会が始まります。

この二つの行事を見るだけでも島の色々なことが感じられて楽しいのですが、ショチョガマへ参加することもできる体験プログラムなどもあります。(※現在この体験プログラムは実施しておりません)

毎年島内外から多くの見学者が来ていたのですが、昨年と今年は新型コロナウイルスの影響でショチョガマは2年連続中止となり、平瀬マンカイは集落の住民のみで行われる予定となっています。早く新型コロナウイルスが落ち着き、例年通り開催されるのを楽しみに待ちたいと思います。

まるで奄美風の歌舞伎!?「諸鈍シバヤ」

奄美大島の古仁屋港からフェリーで約20分、奄美本島から気軽に行ける小さな島「加計呂麻(かけろま)島」。ここの東側に位置するのが「諸鈍(しょどん)集落」です。

源平の戦いに敗れ落ち延びて来た平資盛(たいらのすけもり)一行はこの諸鈍集落で居城を築き、この土地の人々との交流を深めるため酒宴を開き芸を披露したのが「諸鈍シバヤ」の始まりだそうです。「シバヤ」とは「芝居」が訛った言葉だと言われています。

毎年旧暦の9月9日(今年は10月14日)に行われます。「諸鈍シバヤ」に出演するのは集落住民の男性のみ。手製のカビディラという紙のお面と、陣笠風の笠をかぶり、唄や囃子、三味線を担当するリュウテと呼ばれる人たちの伴奏に合わせ踊ります。昔は20種目以上あった演目ですが、現在は11種目が受け継がれています。

演目の中には人形劇や喜劇、狂言風の寸劇、島唄に合わせた優雅な踊りからユーモラスな動きの軽快な踊りなど様々な演目があり、見ているだけでとても楽しめます。大人の男性に混じり小さな男の子がお面を被って踊る姿は、なんとも愛らしく思わず笑みがこぼれます。

かつて諸鈍集落は琉球交易の地として栄えた場所でもあり、約800年の歴史を誇る「諸鈍シバヤ」は琉球文化と大和文化が融合したお芝居なのです。諸鈍シバヤの演目の多くが出端(では)・中端(なかは)・入り端(いりは)の三部構成になっており、歌舞伎初期の型が諸鈍風に定着したものと言われています。奄美の中でもここでしか見ることが出来ない唯一無二のお芝居です。

私は加計呂麻島は何度か訪れたことがあるのですが、諸鈍シバヤは映像でしか見たことがないので今後ぜひ実際に観覧したいです。数年前に加計呂麻島に訪れた際、諸鈍にある体験交流館で諸鈍シバヤのことを知りました。館内の展示物やシアタールームでシバヤの映像を見て、奄美にはまだまだ知らないことがたくさんあるんだなぁ…と、とても興味深く感じたことを覚えています。館内では加計呂麻のお土産を販売していたり、レンタサイクルの貸し出しなども行っているので加計呂麻へ訪れた際に寄ってみると現地をより楽しめると思います。

昨年は新型コロナウイルスの影響で諸鈍シバヤも中止となりました。今年はどうなるのかまだ分かりませんが早く新型コロナウイルスが落ち着き、島の人たちが安心して伝統行事を開催でき島外からの見学も安心してできるようになるのを願うばかりです。

世界自然遺産に登録された奄美大島。豊かな自然をはじめ、昔から先人たちが大切に紡いできたこれらの独自の文化も多くの人に知ってもらい、みんなで未来へ紡いでいけたらと思います。

実りの秋が終わるとあっという間に年の瀬がやってきますね。

次回は奄美で年末年始に食べられる伝統料理を紹介します。

文:佑美 イラスト:Yu Ikari

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