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「七つになる子ども達のお祝い「七草節句」

2022年の始まり

明けましておめでとうございます!新しい1年がまた始まりましたね。

奄美の有名な島唄のフレーズに

「今日(きゅう)ぬ誇らしゃや いつぃよりも勝りな 、いつぃも今日(きゅう)ぬぐとぅに あらしたぼれ」というものがあります。「今日はなんという素晴らしい日なのでしょう。いつのどんな日よりも素晴らしい日です。いつも今日のように良き日であってください。」という意味です。この唄のように2022年が毎日素晴らしい日になるよう、毎日を大切にしていきたいですね!

今回は年が明け、お正月が終わった後に奄美で行われる行事「七草節句(ナンカンセック)」と「ナリムチ」について紹介します。

神の子から人間の子に

奄美では年が明けお正月が終わった1月7日に「七草節句(ナンカンセック)」を行います。奄美の七草の節句は一般的な七草とは違います。数え年で7歳になる子が7軒の家を回り「七草粥(ナンカンジョセ)」をもらいます。

この七草のお祝いをする子たちは、この日は着物やドレス・袴などを着てキレイに着飾り大きなお鍋や重箱を持って親戚や近所の人の家を回ります。この日に晴れ着を着ている子供たちを見ると、わぁ〜ナンカンジョセだ!と懐かしい気持ちになります。

奄美の七草の節句(ナンカンセック)は他の地域の七五三と似ています。現在は奄美でも普通に七五三はするのですが、昔は七五三をする習慣がなくこの七草が7歳の七五三の代わりのようなものだったと思われます。私の両親が子供の頃は七五三の習慣が奄美にはまだなく、この1月7日の七草だけを行っていたようです。

奄美では「七つ前は神のうち」と言い、人は6歳までは神の子であり7歳になっていよいよ人間の子供になると考えられていました。この「ナンカンセック」は神の子供が人間社会に入る祭りだと言われています。

私も数えで7歳の時にキラキラした綺麗な着物を着せてもらい、普段お世話になっている近所のお宅を7軒回ったのを覚えています。慣れない着物に少しドキドキしながら大きなお鍋を両手で抱え、弟と一緒に回りました。「ナンカンジョセ(七草粥)をもらいにきましたー!」と元気よく言うと、おばさんがお椀に入れたナンカンジョセとお祝いをお盆に載せて玄関まで持ってきてくれ、それを抱えたお鍋に入れお礼を言って次のお宅へと向かいます。私のナンカンセック(七草節句)のお祝いと一緒に弟のお年玉まで行く先々で頂いて、私より弟のほうがとっても喜んでいたのを覚えています。

7軒分のナンカンジョセは鍋の中で混ぜこぜになるのですが、持って帰り家族で食べます。「子供がたくさんの方のご加護によって無事に育ちますように」という願いが込められています。奄美のナンカンジョセ(七草粥)は一般的な春の七草はあまり入っておらず、7種類の具材(三献のお吸い物の具材の残りを使用することが多い)が入っています。

昔は同じ集落内に親戚もたくさん住んでおり、近所の親戚の家をメインに回っていたそうですが、今は近所に親族が住んでいることが少ないため仲良くしている近所のお宅を回ることが多いです。私の従兄弟は車で5分くらいの少し離れた集落に住んでいるのですが、ナンカンセックの時はわざわざ車に乗ってナンカンジョセをもらいに来たそうです。

ナンカンジョセを頂きに伺ったお家には福が訪れるとも言われており、子供たちが福を運んできてくれると思うとたくさん祝ってあげたくなりますよね。ナンカンセック(七草節句)は「島の宝物の子供達をみんなで見守り育てていこう」という先人達の教えが今でも残るとても大切な行事だと思います。

今は残っていない風習

現在はもう残っていない習慣ですが1月7日のこの日は「天から鬼が降りてきて人を食べる」といわれており、空に向かって空砲を鳴らし邪気を払うという慣わしがあったそうです。昭和30年代ごろまでこの慣わしは残っていたそうですが、今回この記事を書くにあたって初めてこの習慣を知りました。

日が暮れてから猟銃を持っている人が空に向かって空砲を3発鳴らし、その後に「鬼は外!福は内!」と言いながら戸を叩いていたそうです。これも集落によって少し違いがあり、7発の空砲を鳴らすところもあったそう。父の祖父はシマ(集落)で有名な猟師で猟銃を持っていたので、毎年1月7日は日が暮れると祖父が空砲を鳴らしていたそうです。

私の体験したことのない、初めて聞く話ばかり。おじいちゃんが鳴らす鉄砲を聞いた後に、子供の頃の父が兄弟姉妹たちとキャッキャ言いながら戸をドンドン叩いていたのかな…なんとなくそんな想像をして、父の幼少期を垣間見れた気がして微笑ましい気持ちになりました。

餅の花が1年の始まりを彩る「ナリムチ」

毎年1月15日を小正月と呼び全国的にもこの日に「どんど焼」など色々な催し物があるのではないでしょうか?

奄美ではこの小正月を迎える前日の1月14日に「ナリムチ」を作る習慣があります。「ナリムチ」とは「ブブギ(リュウキュウエノキ)」の枝に、白・赤・緑・黄色に色付けした餅を小さくちぎって飾り付けたものです。「ブブギ(リュウキュウエノキ)」という木は、枝を切るとそこから次々と枝が伸びてくるので「子孫繁栄」の意味が、そして鈴なりについた餅のように「豊作祈願」や「商売繁盛」の願いが込められています。この風習は薩摩から伝わった風習だと言われています。

奄美ではこの時期が近づいてくるとスーパーなどでブブギとカラフルな餅のセットや、ブブギに餅が飾られた完成した状態のナリモチが売り出され、街がカラフルな餅の花で華やぎます。ナリムチを飾りつけるのはとても楽しい作業なので、我が家は餅のセットを買っていつも自分達で飾り付けています。小さく切った餅を配色を考えながら枝にくっつけて、完成したら床の間や玄関に飾ります。自分たちで作ったナリムチはより一層可愛く感じます。

カラフルで可愛いのでつい長い間飾っていたくなるのですがナリムチを長く飾ると風邪をひくなどと言われており、短い期間ですが1月18〜20日にはナリムチを飾るのは終わりになります。昔はナリムチが終わる1月18日にナリムチの餅を外し、お正月のお餅と蒸したさつまいもを混ぜた「ヒキャゲ」と呼ばれる餅菓子を作って食べていました。今でも「ヒキャゲ」を作って食べますが、ナリムチの餅は使用せず主に鏡餅の餅を使用します。

ヒキャゲはさつまいもの自然な甘さが柔らかい餅と相まってとっても美味しいんです。子供の頃から大好きで、ヒキャゲを食べれるこの時期はとても楽しみでした。あんこを混ぜたり、きな粉をまぶしても美味しいんですよ。とっても柔らかい餅なので子供でも食べやすく、小さい頃は割り箸でビヨーンと伸ばしてクルクルと巻き付けて食べていました。今でもこの時期になると母や叔母が冷凍したヒキャゲを送ってくれ、子供たちも食べるのを楽しみにしています。新年が明けてすぐ色々な行事のある奄美大島。ナンカンセック「七草節句」を祝い、ナリムチの餅の花が咲き終わると奄美は緋寒桜が咲き始め、一足早い春がやってきます。

先人達が大切にしながら伝えてきたナンカンセックとナリムチはずっとこれからも継承されていって欲しいなと思いました。今回この記事を書くにあたって、初めて知った奄美の風習。今は無くなってしまったこのような風習が他にもまだたくさんあるのかもしれません。初めて聞く話はとても興味深くて面白いものでした。父や母世代の人が忘れかけているような、記憶の引き出しの奥でそっと眠ってるような話をこれからもたくさん聞けたらいいなと思います。

文:佑美 イラスト:Yu Ikari

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