草花が芽吹く季節になり、奄美は3月〜ゴールデンウィーク頃まで1年で最も穏やかな気候になります。新緑が春の太陽に照らされてキラキラと輝き、奄美の山々にエネルギーが漲ります。3月、4月は新しい環境で新生活が始まる人も多いのではないでしょうか?
新しい環境に飛び込む時には誰かに相談して話を聞いてもらったり、アドバイスが欲しくなることもあると思います。そんな時に島人は「ユタ神様」と呼ばれる人のところへ行って相談する人も多くいます。「神様」と呼ばれますが、普通の島のおばさんやおじさんです。実際に私もこれまで進路のことや、人生の大きな節目には「ユタ神様」のところへ行ってアドバイスをもらっています。一般的な「占い」とは一味違う奄美の「ユタ神様」。島人にとって一体どんな存在の人なのか?古から奄美の先人たちが大切にしてきた信仰を紐解きながら紹介していきたいと思います。
兄弟を守る姉妹〜奄美のオナリ(姉妹)信仰とは
オナリとは「姉妹」を意味し、オナリ(姉妹)がエケリ(兄弟)に対して霊力が高く兄弟を守護する能力を持つと考えられていました。そのため、琉球〜南西諸島では男性よりも女性の方が霊力が強いと考えられ、神に使える巫女の役割を持つノロやシャーマンであるユタも女性でした。オナリ神の霊力は離れているときに最も強くなると信じられており、男性が命の危険が伴うような遠くへの漁や航海・戦争などへ行くときは姉妹の毛髪や手拭いをもらう習慣がありました。兄弟が命の危機に去られた時にはオナリ(姉妹)が白鳥や蝶となって救いにいくという伝説があり信じられていたからです。この記事を書くにあたってオナリ神というものを初めて知ったのですが、とても美しい伝説ですよね。以前紹介した画家「田中一村」には生涯ずっと支えてくれていた姉がいるのですが、このオナリ神話を聞いた時にこの二人の強い姉弟の絆をふと思い出しました。
ノロとユタ
「ノロ」とは、奄美が琉球国時代に王府から任命された国家行事を司る役職です。ノロは琉球の神々と交信できる存在であり、祭祀の際にはその身に神を憑依し神そのものになる存在とされていたため「神人(カミンチュ)」とも呼ばれていたそう。ノロは国の政治的な役割がありますが、「ユタ」はもっと人々に身近な存在であり村や集落の個人の悩みを聞いたり厄除けや死者の供養を行うなど、島人の生活に寄り添ってきました。オナリ信仰に基づき、昔はノロやユタは女性しかなれませんでしたが、現在では男性のユタの方もいらっしゃいます。
海の彼方の楽園「ネリヤカナヤ」
この世に生きている物すべての魂は海の彼方からやってきて、死んだ後もまた海の彼方に帰っていくと考えられており、亡くなった先祖の魂は「ネリヤカナヤ」で自分達を守ってくれる守護神に生まれ変わると信じられていました。※沖縄では「ニライカナイ」と呼ばれています
そのため奄美では現在でも先祖をとても大切にする習慣があります。以前紹介した奄美の七夕にも島人がご先祖さまを大切にしてきた習慣が表れていましたよね。
そしてこのネリヤカナヤには太陽神(ティダと呼ばれている)や山幸の神(テルコの神)海幸の神(ナルコの神)がいるとされ、ノロはこの神々と交信できる存在とされていました。
以前紹介した奄美の伝統行事「平瀬マンカイ」はこの奄美の信仰を象徴するような行事であり、ノロがネリヤカナヤから神々を招き祈る祭祀です。この行事の「ノロ役」が全員女性であることもオナリ信仰に基づいています。
奄美のシマ(集落)のほとんどは「神山」と呼ばれる山を背に海に面しており、集落の中心を縫うように小さな川が流れている…というような似たような形をしています。そして各集落の中にはカミミチ(神道)と呼ばれる道が必ずといっていいほど存在します。
カミミチ(神道)とはノロ神様が祭事の際に通る道だと言われていたり、神山と呼ばれる山から浜へと神様が降りる時に通る道だとされています。神様が通る道なので塞いではいけないと言われており、家と家の間を縫うように細く長く続いています。
実は私の実家の裏にも神道と呼ばれる道があるんです。神道と呼ばれる神聖な道なので家を建てる際に、綺麗に整備したのだそう。私が幼い頃に祖母が神道の話をよくしてくれたのですが「夜中にたまに白い馬に乗った人たちが通るのよ〜」とか「馬の蹄の音が聞こえる時があるのよね〜」といったような、まるで怪談話のようで幼心にとても怖かったのを覚えています。冗談で話していたのか本当に祖母が見たことがあるのか今となっては分からないのですが、祖母はよく不思議な話をする人だったので、もしかしたら本当に神道を通る神様の列を見たことがあったのかもしれません。帰省した際、神道を散歩する度に祖母の懐かしい話を思い出します。
このように奄美のシマ(集落)にはそのシマにだけ伝わる神道や神山、神聖な川、岩場などがあり、みだりに踏み込んではならない場所というのが存在します。自然や物事には霊が宿るとされ、昔から生活の中で神様という存在を身近に感じ大切にしながら生活してきたのだと思います。世界自然遺産に登録されるほどの豊かな自然が現在まで守られてきたのは、このような信仰心が背景にあるからかもしれません。
島人とユタ神様
ユタ神様と呼ばれる人は奄美には何人もいます。「神様」とつくと、なんだかとても崇高で近づき難い雰囲気のある人なんじゃないか…と思われるかもしれませんがユタ神様は本当に一般的な普通の方がやっているんです。街ですれ違ったとしても分からないほど、見た目や格好は普通の人と同じです。ただし相談を受ける時だけ白い着物を羽織り数珠を首に下げています。
ユタ神様の情報は口コミがメインです。「この前△△の○○神様のところへ行ったけど、すごくいいアドバイスもらえたよー!」など、実際に行った友人などから教えてもらい知る事が多いです。最近ではユタ神様の情報もネットに掲載されている場合もありますが、実際に奄美へ行った際に島人に聞いてみるほうが分かりやすく、安心して行けると思います。
そして行く際には必ず電話で事前に予約をしなければなりません。そして相談をする際に持っていく物が決まっています。粗塩(市販のもの)を一袋、小さいサイズの焼酎を一本、謝礼を持参しなければなりません。
※島内外から相談者が来るような人気のユタ神様は、島人か島外の人かで謝礼の値段が違う場合もあるので予約する際にしっかり確認することをオススメします
塩とお酒はユタ神様の家の近くの商店などに「ユタのセット」のようにして売っている場合もあるので、もし行かれる際はチェックしてみてください。持参したお塩に焼酎でお祓いをしてくれ、お守りや盛り塩として使えるようにしてくれます。
実際に行ってみると最初に生年月日と干支を聞かれることが多いです。これをユタの方に伝えるだけで色々なことを見てくれます。今までのことや、体調のこと、これからの事など本当に色々な話をしてくれます。こういう事が起こるかもしれないから、もっとこうしたほうがいいよ。と、より良い未来にするために優しくアドバイスしてくれる感じです。
私も進学や就職・結婚・家を購入するなど、人生の大きな節目となる時にユタ神様に相談をしに行った事があります。実際に何度も行ってみて、今まで不安を煽られるようなことを言われたことは一度もありません。いつも優しく背中を押してくれたり、不安なことを聞いてアドバイスをしてくれます。ユタ神様は全体的に女性が多いのですが、私がよく行くユタ神様は男性の方です。
昨年は家を購入したりと大きな決断をするタイミングがあったのですが、コロナで奄美に帰省できなかったため奄美にいる母に代わりにユタ神様へ行ってもらい、購入するのにベストな時期や悪い時期、方角のことなど色々アドバイスを聞いてもらいました。また、私の弟も家を建てる前にユタのところへ行き、家族の鬼門や玄関の方角などアドバイスをもらったり建築工事が始まる前の地鎮祭にはユタに祈祷をお願いしていました。
ユタ神様に聞いた話では、ユタにもそれぞれ得意分野があり未来をみるのが得意な人、病気など体の不調を見るのが得意な人など個性があるそうです。これは実際に行ってみないと分からない部分ではあるのですが、興味があればいろんなユタ神様のところへ行って話を聞いてみるのも面白そうですよね。昔から島人たちは体の不調があるときはあそこのユタのところへ、将来へ不安なことがあるときはここ!など使い分けていたそうです。島人にとってユタ神様は、昔から生活に寄り添ってくれる駆け込み寺のような存在だったのだと思います。今は新型コロナの影響もあり気軽に行けないですが、安心して行けるようになった際には奄美のノロやユタの文化にも触れてみると奄美の歴史や精神についてたくさん学べるかもしれません。今ではユタの数もどんどん減ってきているので、奄美の豊かな自然と共にユタの文化も後世に残るようずっと伝えていきたいですね。
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