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CULTURE

ジャン=シャルルとの出会い

「ここでは撮影はできない」。到着して最初に放たれた言葉がこれだった。土砂降りの中、Le Fort des Rousses(ル・フォール・デ・ルース)バイクで到着すると、秘書の方が待ち構えており、「社長がまずお目にかかりたい」と手招きした。ずぶ濡れのまま応接室へと案内され、社長の前で合羽を脱ぎながら準備を整えた。まさか社長自ら対応するとは思わず、向こうはスーツ姿、こちらはずぶ濡れのライディングスーツという対照的な状況だった。「何を撮りたい? なぜここで撮影したい? ここでは撮影はできない」——その言葉を聞いた瞬間、ここに来たことを後悔し始めた。

入り口を見ただけでは、ここがチーズの熟成庫には見えない。実は、ここは要塞なのだ。

とはいえ、すでにここまで来たのだ。準備してきた資料を示しながら、なぜ撮影をしたいのか、この数日間の撮影の経緯などを説明した。最初から拒絶されているのなら、怖いものはない。自分ができることをやりきり、結果がどうであれ、あとは予定通りゆっくり帰ればいいと考えた。

まだ若いコンテチーズの“赤ちゃん”は、表面が腐食しないように塩をまいたり、塩水で洗ったりする。
6ヶ月経って、初めてコンテチーズと呼べるようになる。
熟成士は一人ではない。
そのため、他の熟成士が見ても分かるように、コンテの状態が記号で刻まれている。『XX』が2回続くと良い状態であることを示し、かなり良い状態だと分かる。
その横の『ー』は、まだ若いことを意味している。

ひととおり話を終えると、社長は熟成庫の中を案内してくれた。長靴と白衣に着替え、指示されるままに進んだ。ここが1980年代まではナポレオンの命によって建てられた、フランスで二番目に大きな要塞だったことなど、歴史の話が始まった。雪解け水が滝のように流れ込み、そのおかげで兵士数千名、馬数百頭が数カ月間籠城しても耐えられるようになっていることなど、興味深い話を聞かせてくれた。

要塞の中には自然に雪解け水が流れ込み、補給なしでも戦い抜くことができる。

そして、熟成士の仕事、コンテチーズ、ジュラ地方のことについて、社長は熱く語り始めた。思い切って「撮影してもいいですか?」と尋ねると、「好きに撮りなさい」との返答。確かにあちこちに撮影禁止のパネルが貼られているが、さらに奥へと進み、一般の人が入れないエリアまで案内してくれた。

多くの熟成庫は一般に公開されている。しかし、ここは基本的に撮影禁止だ。

「ここに来るのは、もうこれが最後かもしれない」。そう思いながら、240メートルにも及ぶ長い回廊を進むジャン=シャルルを撮影した。気がつくと、彼の表情はすっかり和らぎ、笑顔になっていた。ジュラ地方で生まれ育ったジャン=シャルルは、この歴史や熟成庫を含めた本を作るのが夢だと語り始めた。しかし、写真を撮れる人がいないと。「だが、今君に出会ったのだ」。それが彼の笑みの理由だった。

ル・フォール・デ・ルースに安置された、コンテチーズの守護聖人サン・ギュソン(Saint Guyon)の像。
熟成庫の入り口に置かれた像。コンテのホールを抱えた等身大の熟成士の像だ。
横から見ると、重いホールを体から少し離して持っている。
それは、誰かに渡そうとしているようにも見える。まるでコンテを未来へつなげているかのようだ。

その後、照明のない秘密の部屋や、ナポレオン三世がよく使っていた部屋まで案内された。ジュラでの旅の総まとめとも言える情報量をここで得ることができた。昼食までご馳走になり、僕の写真展の構想を話したが、コンテチーズがその一部として語られるだけでは不十分だと感じた。コンテチーズを撮るなら、季節ごとに撮影しなければならない。特に冬の雪景色のジュラを撮らなければ、コンテチーズの本質は伝えられない——そう確信した。この時、フランスのコース料理をテーマにした作品展の構想は崩れ、コンテチーズだけで作品を作る決意を固めた。

常に3万個のコンテチーズが熟成されている。
それぞれのチーズの個性を見極め、最も美味しい時期に合わせて育てていくのが熟成士の仕事だ。
こうして、最高のコンテチーズへと仕上げていく
ベテラン熟成士、Forte des Roussees のオーナーでもあるジャン=シャルル・アルノ(Jean-Charles Arnaud)

本来、お昼には出発するつもりだったが、結局ここを離れたのは16時を過ぎていた。作品展のために再び戻ってくることを約束させられ、その日はようやく帰途についた。土砂降りの中、すでに薄暗くなった峠を下り、高速道路をひたすらパリに向かって走った。土砂降りの中、ワイパーなしの車で走ることを想像してみてほしい。バイクで雨の中を走るのは、まさにそれと同じだ。ヘルメットのバイザーに叩きつける雨粒と、張りついた雨水で視界は歪んだまま。それでも、途中休憩を挟みながら8時間以上走行し到着は日をまたいでいた。寒く、決して楽しいものではなかった。

コンテ展はお陰様で好評をいただき、日本各地を巡回展示している。
3月には台湾での展示も決定した。その中でも、この作品が代表作となっている。
これらの作品は Roonee 247 fine arts にてご覧いただけます。

それでも、ジャン=シャルルと出会い、彼の話を聞き、熟成庫を見学し、コンテのために再び戻ることを決心した。コンテチーズには大きな物語がある——そう確信した時、興奮と充実感で疲れも忘れていた。腰の痛みを忘れるほど疲れ切っていたが、それでも心は満たされていた。

そして、その作品はフランス生まれの写真製版技法であるコロタイプでも制作された。
世界を代表するコロタイプ工房、京都の便利堂でプリントされた。
これらの作品は Roonee 247 fine arts にてご覧いただけます。

大好きなコンテチーズ。このチーズという食材には、ジュラの壮大な歴史と自然との交わりが詰まっている。約1週間にわたるジュラの旅はひとまず終わった。しかし、これは始まりにすぎなかったのだ。

<関連リンク>

コンテチーズ生産者協会(日本支部)https://www.comte.jp
Forte des Roussees Juraflore : https://www.fort-des-rousses.com/fr

文・写真 櫻井朋成

フランス在住の写真家。フォトグラビュール作品を制作。現在はジュラ地方のガストロノミーを追い、コンテチーズやヴァンジョーヌ、ワインに関わる人々や伝統を記録中。 個展や展示情報はこちらから! 
https://tomonari-sakurai.com
グラビュール作品についてはnoteでも執筆中
https://note.com/tomogravure

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