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CULTURE

ジュラ地方を写す:熟成庫と美しい村々

この日は熟成庫を一カ所だけ訪問しました。天気が良く、暖かい日だったので、この辺りにある美しい村も訪れてみることにしました。 最初に訪れたのはRIVOIRE JACQUEMIN。1860年創業の老舗熟成庫です。前日に訪れたMarcel Petitが要塞を利用した熟成庫だったのに対し、こちらは街中にある倉庫のような建物。ただし、規模が大きく工場のような外観でした。担当者の案内で、まず新しく完成した熟成庫を見学することに。中に足を踏み入れた瞬間、息を呑む光景が広がりました。そこは、まるでバビロンの塔を連想させる壮大な空間。コンテチーズを熟成させる棚がそびえ立ち、下から見上げるだけでなく、階段を上がって上から見下ろすこともでき、その眺めは圧巻でした。

そびえ立つコンテの塔。当時完成したばかりの熟成庫を捉えた一枚。
若いコンテチーズは、湿度や温度をきめ細かく管理するため、専用の小部屋で熟成されます。
部屋に漂うアンモニア臭は、微生物が活性化し、タンパク質をうまみ成分であるアミノ酸に分解する過程で発生するものです。

一通り案内を終えた頃、「日本人の写真家」として声をかけられました。その声の主は、翌日に訪問予定のチーズ工房の方。コンテ生産者協会から日本人写真家が訪問予定と聞いていたそうで、カメラをぶら下げたアジア人を見て、間違いないと思ったそうです。この日はジャックマンにチーズを納入する工房の方々が集まり、内々でコンクールを開催しているとのことで、見学を勧められました。

コンテチーズのホイールには、熟成庫ごとのステッカーが貼られています。
購入時にはカットされていることが多く見えにくいですが、このステッカーを目印に、自分好みのチーズを探すのも楽しみの一つです
新しい熟成庫の内側の壁には、コンテを担いだ小人の熟成士、ジャックマンのロゴが描かれています。
約40kgあるコンテのホイールと比べることで、そのロゴの大きさが実感できるでしょう。

熟成士の後に、工房の方々が熟成中のコンテチーズの状態を確認していきます。一部を取り出し、皆でテイスティング。私にも試すよう勧められました。専用の道具で直径7mmほどのコンテを抜き出し、まずは見た目を観察します。色合いや、熟成に伴うアミノ酸の結晶を確認。その後、指で練りながら人肌に温めて香りを嗅ぎ、口に含んで味わいます。わずかな苦味や酸味を感じながら、熟成具合や今後の可能性について意見を交換。これはコンクールという形式ながら、生産者同士の情報交換の場という印象でした。一通りの審査が終わり、最後に「明日も待っています」と言葉を交わして、この日の訪問は終了しました。

熟成士と、ここにコンテチーズを納品する工房の生産者たちが集い、コンテストと題してそれぞれのチーズの熟成具合を共有しながら、コンテ作りに関する情報交換を行います。また、この場では、熟成中のコンテをどのようにテイスティングするかについても学びました。

天気が素晴らしいので、宿に戻る前に目に留まった看板を頼りに、この地域に認定された「フランスの最も美しい村」を訪れることにしました。フランスでは、人口2,000人以下で、少なくとも2カ所の保護遺産があるなどの条件を満たした村が「美しい村」として認定され、現在176の村が登録されています。 最初に訪れたのはボーム=レ=メシュー(Baume-les-Messieurs)。深い渓谷に囲まれ、修道院や洞窟などが特徴的な村です。修道院で造られたビールを楽しみながらランチを取り、村を散策しました。村の規模が小さいため、滞在時間はそれほど長くはありませんでした。

渓谷に囲まれたボーム=レ=メシューの修道院。
6世紀に建てられたベネディクト会の修道院で、中世に栄えた。

次に訪れたのはシャトー=シャロン(Château-Chalon)。中世の雰囲気が色濃く残る美しい村で、ヴァン・ジョーヌ(黄ワイン)で有名です。この村が後に私の作品作りに繋がるとは、この時点では全く気づきませんでした。

ジュラ地方でも特にお気に入りの村、シャトー=シャロン。
現在は壁だけが残る7世紀に設立されたベネディクト会修道院が、この地の象徴です。
この修道士たちが中心となり、ヴァン=ジョーヌが発展しました。同じ地で生まれ育ったヴァン=ジョーヌとコンテチーズは、見事なマリアージュを織りなしています。

最後に向かったのは、16世紀までフランシュ=コンテ地方の首都だったドール(Dole)。コンテ生産者協会の推薦で日本料理店を訪れるためです。特に日本料理を食べたいわけではありませんでしたが、興味本位で訪問することにしました。この街にはルイ・パスツールの生家があり、博物館として公開されています。しかし、訪れた時は閉館時間を過ぎていて中を見ることはできませんでした。後にこの場所が私の作品作りに大きな影響を与えることになります。

ドールにはランドマークとなるノートルダム参事会教会があります。
その壁には、ブドウをむさぼる動物(猿という説も)の彫刻が刻まれています。
微生物学者パスツールの生家はドールにあります。
当時は名前しか知らず、それほど興味も湧きませんでした。しかし後に、彼の功績が自分の作品作りに大きな影響を与えることになるのです。
ドールのノートルダム参事会教会を見上げる。

日本料理店は日本人が経営しており、本格的な料理を提供していました。大変な繁盛ぶりで、予約が埋まっていましたが、隙間の時間に入れてもらうことができました。「なぜこんな場所に日本料理店?」と思いつつ、その成功ぶりに驚かされました。

こうして2つの異なるスタイルの熟成庫を訪れ、美しい村々を巡る充実した一日を過ごしました。腰の痛みを忘れるほど撮影も快調。ただ、これらをどのような作品に仕上げていくか、まだイメージは湧いていません。

翌日は最も忙しい予定の日で、一日で3件回る計画でしたが、メーデーというフランスの祝日であることを先方が失念しており、日程変更の連絡がありました。そのため2件が最終日にずれ込み、もともと帰るだけの日が慌ただしい日程となりました。この変更をどう受け止めるか、悩むところです。

つづく

<関連リンク>

Marcel Petitehttps://www.comte-petite.com/visiter-le-fort/

コンテチーズ生産者協会(日本支部)https://www.comte.jp

文・写真 櫻井朋成

フランス在住の写真家。フォトグラビュール作品を制作。現在はジュラ地方のガストロノミーを追い、コンテチーズやヴァンジョーヌ、ワインに関わる人々や伝統を記録中。 個展や展示情報はこちらから! 
https://tomonari-sakurai.com
グラビュール作品についてはnoteでも執筆中
https://note.com/tomogravure

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