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CULTURE

コンテチーズ探求の旅:初めての工房と熟成庫で出会った世界

コンテチーズへの旅

ギャラリーから展示の依頼を受け、何かフランスのガストロノミーをテーマにした作品を構成できないかと考え始めた。「作品を見た人が、まるでフルコースを味わったかのように満腹感を得られる作品にしたい」。そんな漠然とした思いが芽生えた。では、どんな料理を題材にするべきか?考えたとき、真っ先に浮かんだのがコンテチーズだった。理由はシンプルだ。僕が一番好きなチーズだからだ。

スーパーのチーズコーナーでは、コンテチーズも熟成具合の異なる種類が揃っています。
希望する熟成期間のものを伝えれば、好きな大きさにカットしてもらえます。
そのカットされたチーズは量り売りとなり、必要な分だけ購入することができます。

しかし、好きとは言えども、僕のコンテチーズに関する知識は「チーズは牛乳から作られる」という程度のものだった。どうやってコンテチーズを撮影し、その魅力を伝えるべきか?そんな折、パリで毎年開催されるSalon International de l’Agriculture(国際農業展)の存在を思い出した。「きっとここで何かヒントが見つかるはず」と直感し、会場へ足を運んだ。

Comité Interprofessionnel de Gestion du Comté: コンテ生産者協会との出会い

農業展ではフランス各地方ごとのブースが立ち並び、その中でコンテチーズのブースを探し出すのは容易だった。ただし、来場者の多さには圧倒され、人混みをかき分けながらの移動は大変だ。ようやく辿り着いたブースで趣旨を伝えると、担当者が別のホールへ案内してくれた。そして到着したのが、Comité Interprofessionnel de Gestion du Comté(コンテ生産者協会)のブースだ。

国際農業展では、コンテ生産者協会のブースが設けられており、
ここでコンテチーズの試食を楽しむことができます。

協会スタッフに丁寧に対応してもらい、こちらの要望を伝えると、すぐに担当者の連絡先を教えてもらえた。さらに、撮影の参考としていくつかのコンテチーズを渡してくれる心遣いまで。僕のリクエストは、コンテチーズがどのように作られるのか、そのプロセスを撮影したいというものだった。また、可能であれば、最新の製造方法だけでなく、昔ながらの手法にこだわった工房も訪れたいと伝えた。

後日、担当者からの提案で、いくつかのチーズ工房(Fruitière)と熟成庫(Cave d’affinage)を訪れる5日間のスケジュールが組まれた。宿泊先やジュラ地方で評判の日本食レストランまで教えてくれる親切さには驚いた。出発日はちょうど日本のゴールデンウィークと重なるタイミング。暖かく快適な旅になりそうだと期待しながら、バイクでの準備を進めた。

ジュラへ

目的地は、ジュラ地方の小さな村Chilly-sur-Salins。点在する訪問先の中間地点に位置するこの村は、パリから約450km離れており、バイクで4時間半の道のりだ。出発当日は予想以上に肌寒く、天候もあまり良くない。初日は移動だけで精一杯。寒さに震えながら宿に到着したが、そこでまさかのぎっくり腰になってしまった。バイクの乗降時に腰に激痛が走り、移動はなんとかできるものの、身動きが制限されてしまった。

4月の終わりだというのに、まだ雪が残っている。
その厳しい気候が、豊かではない環境ゆえに生まれた「熟成」という製法と結びつき、
やがてコンテチーズを育むことを知ることになる。

宿泊先は農家の家だったため、夕食は街へ出る必要があった。しかし、観光シーズン外の小さな町では営業している店がほとんどない。何とか見つけたフォンデュ専門店でサヴォワ地方のフォンデュを注文したが、期待していたコンテチーズは使われていなかった。それでも料理は絶品で、少し元気を取り戻すことができた。

翌朝の宿の朝食は、地元産のコンテチーズ、モンベリアル牛の自家製生ハム、そして自家製ヨーグルト。どれも絶品で、この地での滞在が楽しみになる一日の始まりだった。

宿泊先は、コンテ生産者協会が紹介してくれた農場が営むシャンブルドット(いわゆるB&B)。
朝食には、もちろんコンテチーズが並び、
さらにここのご主人おすすめのモンベリアール牛の生ハムが絶品だった。

最初のチーズ工房へ

撮影初日は、午前中にチーズ工房、午後に熟成庫を訪れる予定だった。腰の痛みをごまかしながらバイクで峠を越え、標高が高くなるにつれ雪景色が広がっていく。5月にも関わらず、寒さが身にしみる中で到着したのは、Fruitière de La Brune – La Mareという工房。迎えてくれたのはシルヴァンさんだったが、残念ながらチーズ作りの工程を見学することはできなかった。この日の作業はすでに終了しており、空の釜を前に説明を受ける形となった。

初めて訪れたFruitière de La Brune。時間通りに到着したものの、
すでにチーズ作りは終わっており、清掃もほぼ完了していた。
製造風景を見たかったのだが、そのあたりで予定が少し噛み合わなかったようだ。
一発目から少し不安なスタートとなってしまった。

工房で作られたチーズは約2週間面倒を見られた後、熟成庫へと運ばれる。そこで初めて、チーズが「赤ちゃん」と呼ばれる理由や、6か月以上の熟成が必要とされる背景を知ることができた。

ミルクを固めるために使用される凝固剤。
その工程を目にし、凝固剤を加えるという新鮮な驚きがあった。
この凝固剤がレンネットであり、仔牛の胃袋の成分が関係していることを理解するまでには、
しばらく時間がかかった。
今日作られたばかりの、生まれたてのコンテチーズの「赤ちゃん」。
チーズには日付が刻印されており、グリーンのステッカーはゼラチン製。
このステッカーを見ることで、どの生産者のものかが判別できる。
この後、熟成庫には多くのチーズ工房からコンテチーズが集まるため、
このステッカーが見分けるための目印となるのだ。
それにしても、ぷるんぷるんの赤ちゃんコンテを見ていると、このままかぶりついてみたくなる。

最初の熟成庫へ

午後に訪れたのは、要塞を改装した熟成庫Fort Saint Antoine – Cave d’affinage Marcel Petite(フォール・サン・トワンヌ熟成庫)。この場所は、1870年代の普仏戦争後に建設された防衛要塞であり、1966年に熟成士マルセル・プティによってチーズ熟成庫として生まれ変わった。

サン・トワンヌ要塞の前で待ち構えていてくれたのは
現オーナーのリオネル・プティ氏(Lionel Petite)。

熟成庫内の見学ツアーでは、ベテラン熟成士による案内を受けた。作業のひとつひとつが手作業で行われ、特にコンテの管理番号を焼き印で押す作業が印象的だった。また、熟成士の道具「ソンド」を使い、チーズの状態を確かめる様子も見ることができた。

この日入庫した生まれたてのコンテチーズに、この熟成庫特有の番号を焼き印で刻印していく。
熟成士の道具「ソンド(Sonde)」を使い、チーズを叩いて音を聞き、
その状態を診断したり、一部をくり抜いて内部の様子を確認したりする。

最後に、この熟成庫で熟成されたコンテチーズと、ジュラ地方のワインを楽しむ時間があった。「この美味しいコンテは何ヶ月熟成?」と聞くと、熟成士は微笑みながらこう答えた。「美しい女性に年齢を聞くものじゃない。美味しいならそれでいいだろう」。

最後に、熟成庫を見渡せる部屋で試食を楽しむことに。
使用するナイフは、Marcel Petiteのロゴが刻まれたオピネル。
コンテは切るのではなく、割って食べるのが主流で、
その方がより豊かな風味を味わえるのだという。

次回予告

ぎっくり腰の影響で立ち位置からしか撮影できなかったのは内緒だが、ジュラの旅はまだ始まったばかり。次回は、さらなる工房訪問と、ジュラ地方ならではの出会いについてお届けする予定だ。

<関連リンク>

Marcel Petitehttps://www.comte-petite.com/visiter-le-fort/

コンテチーズ生産者協会(日本支部)https://www.comte.jp

文・写真 櫻井朋成

フランス在住の写真家。フォトグラビュール作品を制作。現在はジュラ地方のガストロノミーを追い、コンテチーズやヴァンジョーヌ、ワインに関わる人々や伝統を記録中。 個展や展示情報はこちらから! 
https://tomonari-sakurai.com
グラビュール作品についてはnoteでも執筆中
https://note.com/tomogravure

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